2011年09月05日

歴史

からだ(姿勢・動き・動作)にはその人の生きて来た歴史が刻み込まれている。からだに関わることは闇の部分を含めて自分と云う存在に光をあてて、自分を在るがままに受け入れること。悲喜こもごも自分のまるごと全てを受け入れ慈しむこと。閻魔さまの鏡の前に立ち、自らの過ぎ越し日々を首肯すること。


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2011年10月05日

回復

竹内敏晴は自己の根源(=からだの深み)に於いて他者の声・言葉を「聞き」その表現を受けとめた。彼の青年期までの聾唖者としての人生は並外れた集中力を養った。以降その集中力(=「聞く」ちから)をもって演出家・からだとことばのレッスン者として、言葉の力(生命力=いのち)の回復に尽くした
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2011年10月07日

ひらく

野口三千三の云う「貞く」と竹内敏晴の「集中」とは、同じ言葉(ことの端)。後戻りの利かない地点に立ち一歩を前に踏み出すこと。繰り返し自らを投げ出すことで、私は新たないのちを生きる。後戻りの利かない地点に立ち尽くすことが、何より難しい。前に進んでいるつもりで実は同道巡りしているのが我ら凡夫。それを劈く(つんざく・ひらく)ために「きく」。
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